【自己探求11】なぜ本当の自分を出せなかったのか?

もくじ

実は自分を出せていなかった

44年間生きてきて、結構やりたいことをやってきました。

「自分の心の声に正直に生きる」ということに関しては、良くも悪くも結構自信あります。

プロフィール欄にも書いてない「やりたいことやった」歴は、まだまだ掘り起こせばたくさん(笑)。なので、「人目を気にして自分を出せずにいる」という言葉は、私には関係ないと思っていました。

ところが、過去の自分を掘り起こしていく中で、言いたいことを言えていないということが結構あったことに気づきました。

もちろん、気心の知れた相手には自由な自分を出せますが、「こんなこと言ったらどう思われるかな?」と思う相手には、当たり障りのないような返答をしたり、あえて自分の意見は言わずに黙っておいたり‥。

本来、喋るのは結構好きな方ですが、人が集まるところでは、黙って聞き役に徹することも多かったり。

無意識のうちに、相手の様子、出方を見るような振る舞いをしていました。

「変わっている」という自覚

では、なぜ言いたいことを言わずに相手の出方を見ていたか?と言うと、「自分はちょっと変わっている」という自覚があったからです。これは、自分が落ちこぼれだと思っていたところにも通じていると思います。

自分の中で標準的・一般的と思っていた生き方と、異なる生き方をしている自分。そんな自分だから、言動にも他の人から見たら異質に見えるところがあるのではないか、と思っていました。

異質なことを言うと相手をびっくりさせたり、その場から浮いてしまったり、酷ければ相手に距離を置かれてしまったりするのではないか、と思って、相手の出方を見て、それに合わせる自分になってしまっていました。

だから、初対面の人だと何をどこまで喋っていいのか分からず、「人見知り」。本当は、相手に興味があればあるほど、どんどん喋ってあれこれ聞きたいのですが、そうやって相手がどう思うかな?引いてしまうんじゃないかな?と思うと何も言えなくなっていました。

でも、家族とか、とても親しい人に対してはそんなこと考えずに自由に振る舞うことができるし、もちろんそんな私を受け入れてもらっています。

ではなぜ、「自分は異質なんじゃないか」「受け入れてもらえないんじゃないか」と思うようになっていたか…。掘り起こしてみたところ、それは中学時代の経験にありました。

中学時代の経験

中学3年生になったとき、クラスにはボス的な女の子がいました。そして、彼女を中心にしたグループが成立。中学女子のあるあるです。そして気がつくと、クラスの女子のほとんどが、私と口を聞いてくれなくなっていました。

2年生のときにとても仲良くしていた女の子がいたのですが、彼女もそのボスと仲良くなり、途端に口を聞いてくれなくなりました。彼女たちとも話すけど、ちょっと距離を置いていた女子2人だけが、私とも喋ってくれました。

何が気に入らなかったのか?
直接何かを言われたこともないので、30年経った今でもよくわかりません。

割と男女誰とでも仲良くなるタイプで、そこをやっかむようなことをチラッと言われたようなこともあり、「もしかしてそこ?」と思いつつ、当時の私としては、「それでそこまでのことする?」という感覚でした。

背が高くて細身で、学校は私服だったこともあり、白シャツにレギンス、とか、ショートパンツのサロペット、といった当時の普通の女子中学生がしないようなファッションをしていたときもあったので、それが目立って嫌がられたのかもしれません。

もしかしたらそんなこととは関係なく、無意識で出ていた自由そうな振る舞いが気に障ったのかもしれません。

「きっと何か気に入らないところがあったのだろう」と思いつつ、それが何かはわからないまま、一緒にいてくれる女子2人と仲良くしていた男子3人で楽しく過ごしながら、1年間をやり過ごしました。

その後の私

中高一貫校だったのでガラッと環境が一新するわけではありませんでしたが、高校ではボス的女子とはクラスが離れ、また仲良しの友達もでき、普通の高校生活を過ごすことができました。

高3では学園祭の演劇で脚本や演出をやり、クラスの卒業旅行も音頭をとり、卒業時にはクラス理事(同窓会の役員的なもの)にも選ばれました。高3のときに仲の良かった男女10人くらいは、大学へ行っても卒業後もずっと仲が良くて、恋愛ごとも含め(笑)いろいろなことがありましたし、今でも交流があり、素の自分を出せる友人たちです。

そんな学生生活の中のたった1年間の出来事だったし、自分の中でも本当に些細な経験だと思っていました。

でも、心のどこかで「自分の振る舞いを気に入らない人がどこかにいるかもしれない」という気持ちがあったのかもしれません。

そんな潜在意識から、「相手の出方を見る自分」が気付かないうちに生まれていたようで、「自分らしさを隠す」ことが知らず知らずのうちに上手くなっていきました。

こうやって振り返る中で思い出したのですが、大学生の時にも「自分らしさ」で悩んでいたことがありました。

小学生からずっと参加していたスキーキャンプで、ボランティアリーダーという引率する方の立場になったのですが、それぞれのリーダーが個性を出す中、私は自分の「自分らしさ」がわからずに悩んでいました。自分のカラーというものがわからず、出せず、3年ほど悩み続けて、結局は最終的にチーフリーダーというボランティアリーダーを取りまとめる裏方の立場になったとき、やっと「やりやすさ」を感じました。

裏方では、「自分らしさ」よりも企画力やサポート力、取りまとめる力が求められるので、私にとっては居心地が良かったのです。

自分を隠すメリットとデメリット

自分らしさを隠すメリットとしては、目立たないので余計な反感を買うこともなく、自分が傷つくこともない、というものでした。目立たないように隠してはいるものの、気心の知れた人の中では割と自分を出していたし、自分のやりたいことはやってきていたので、そこまで窮屈に感じることもありませんでした。

ところが、起業したことで、自分らしさを隠すことがデメリットにもなってきました。やっぱり、起業するとどうしても「差別化」が必要になってきます。商品+パーソナリティがあって初めて、選んでもらえます。私の場合、コミュニティに属してそこで一緒になった人やそこからのクチコミでお仕事をもらっていたので、本当の自分を出し切らなくてもこれまでそれなりに回っていました。

でも、そこから一歩成長したい、と思ったときには、自分を隠していることで埋もれてしまい、差別化できない。自分のことをなかなか知ってもらったり印象付けることができず、私自身、のびのびと仕事をすることができないことに気がつきました。

本当は、自分らしさを全面に出して、私だからこそ、と言ってもらいたいはずなのに、自分を隠してきたので、それが全然できていない、どうやって自分らしさを出せばいいのかわからない、ということに気がつきました。

起業して良かった

今思うと、ママヨガ講師として起業したときも、そんな自分が邪魔をしていました。

ヨガ歴の長くない私。育児で悩んだことがあまりない私。そんな私が講師をやっていていいのだろうか?と思いながら、恐る恐るやっていました。来てくれた生徒さんとのコミュニケーションも、当たり障りのないように、といったものでした。

長くないからこそ、初心者の気持ちがわかる!とか、悩んだことがないからこそ、楽しく育児を語れる!とか、そんな風に思えませんでした。「そんな私に習いたいという人が来るだろう」とはとてもじゃないけど考えられませんでした。

たぶん、自信がなさそうに見えたんじゃないかな、と今だからこそ思います。

全く集客できなかったわけではないのですが、リピートがなかなかつかず、「これでやれる」という手応えを感じることができなかったのは、自分らしさを出すことができていなかったからかな、と。

講座主催やイベント主催は基本的に「裏方」なので、「自分らしさ」をそれほど出す必要がなく、私自身モヤモヤすることもなかったのでやりやすく、次第にそちらに力が入るようになっていきました。

そこから、偶然にも中野美紀子さんのコミュニティにたどり着き、私の経歴を「せんせい」と言って受け入れてもらえ、コミュニティメンバーにも「それでいいんだよ」と肯定してもらえ、またそこで知り合った苅部世詩絵さんの起業サロンでたくさんの自信と仕事をもらい、少しずつ、「自分らしく振る舞っても大丈夫」という気持ちが育ってきました。

起業を通してたくさんの人と出会い、たくさんの承認の言葉をもらい、ようやく「自分らしさを出しても大丈夫」と自分に許可を出せるようになってきました。

普通に会社員をしていると、仕事に対しての評価や承認の言葉をもらえることがあっても、パーソナリティそのものに対する承認の言葉って、実はなかなかもらえないように思います。

そう思うと、やっぱり起業して良かった。心からそう思います。

よかったらシェアしてね!
もくじ
閉じる