yumcom.net

Yuko M's communication network since 2006

08-02-2006
Ciao8月号 西川巽也さん

 京都のフリーペーパー『Ciao』(チャオ)8月号、「輝くオトナのライセンス」掲載記事を転載します。今回は、ロケット花火大会を主催するNPO法人「花火師&雅女衆」の総代、たつやさんを取材☆


みんなが「やってよかった」と思えるものを 100年続けていきたい
Tatsuya Nishikawa

毎年お盆の時期に、福井県の和田浜海水浴場にて行われている、ロケット花火大会。何とこれはプロの花火師ではなく、“花火師&雅女衆”というNPO法人が主体となり、ごく普通の若者たちが一から作り上げています。今回は代表の西川さんに、その魅力について語っていただきました。

—去年はドラマがあったとか?
一番最初に10万本を上げたときには予想を遥かに超えた感動がありましたけど、回数を重ねるにつれ、感動よりも「帰ってきたな」っていう気持ちになるんです。花火そのものよりも、楽しんでくれている人たちを見ている方が嬉しくなるんですよ。でも、去年は違いました。純粋に花火が面白かった。というのも当日、昼過ぎから急に雨が降り出して、夕方には豪雨になってたんですね。横なぐりの雨で、誰もが「今日は無理やろう」と思うほどでした。ところがいざ打ち上げるというときになると、その雨がピタッと止んだんです。それはもうドラマチックでしたね。

—今まで順調に来ましたか
実は2回目をやるときに地元の反対が出たんですよ。単なる騒動や、と。そこで、反対してる人ひとりひとりと僕が膝詰めの対話をして、みなさんに理解していただきました。当日には浜茶屋の協会長さんを招待して観てもらったところ、「これはすごい。来年もやっていいんじゃないか」と言っていただいて、3回目以降も続けられるようになりました。しかし、理解への対話は、今も続けています。

—募金活動もされてるんですね
“花火師&雅女衆”の最大の目的を、『全ての人々に夢と感動を与え、究極の仲間作りと、最高の思い出作り、そして福井県高浜町若狭和田浜の活性化を目指す』としてるんですね。僕たちは火薬で楽しむけど、世界中のどこかでは火薬で悲しんでる人たちがいる。『究極の仲間作り』と言うんやったら、そんな人たちも仲間じゃないのか、そんな人たちのために何かできひんのか。そういう思いで観客から募金を募ってます。僕らの想いを伝えて、観客が感動してお金を出してくれたら、そのお金を全部ユニセフに送ろうぜ、ということです。

—『火宴』とは?
本当なら打ち上げをしたいところなんですが、花火当日は疲れきってるので無理やし、全国から集まってるので後日やるわけにもいかへんので、前夜祭としての音楽イベントを始めました。メジャーじゃないけど力はある人を見つけてきて、満足に音響設備も用意できひん状態でスタートしましたけど、みんなが盛り上がってくれるのでだんだん大きいものになってきましたね。ギャラも出ないのにみんな来てくれるんです。今後はもっと大きくして、夏フェスみたいにしていきたいと思ってます。ただし、有名アーティストが来るようになっても、花火師の札をつけている人は一般のお客さんとは別扱い、ということにしたいですね。あくまで花火がメインです。

—今後の夢はありますか
世界中から人を呼びたいですね。以前、リチャードという黒人の子をたまたま海で見かけて「花火見においで」と誘ったら、結局参加してくれたことがあったんですね。で、花火が終わったあとっていうのは、みんなものすごいテンションで男同士で抱き合うんですけど、リチャードと日本人の花火師の子も抱き合ってるのを見たので、あとでその日本人の子に「さっき抱き合ってたのが黒人の子ってわかってるか?」と聞いたら、「そんな人いましたっけ?」って(笑)。そこでハッと思ったんですよ。肌の色、目の色、言葉、文化、関係ないな、と。この花火で一緒に火をつけたら、関係なく抱き合えるような仲間になれるんや、これは世界平和につながるな、と思った訳です。なので、世界から人が来るようなものにして、100年続く「祭」にしたいと思ってます。

—心がけていることは?
僕の中で常々三本柱としてあるのが、家族・仕事・花火、この3つのどれをないがしろにしてもあかん、言い訳にしたらあかん、と思ってます。この2月に子どもが生まれて、僕がお風呂を入れてるんですけど、花火のミーティングがあると夜遅くなるわけですよ。だからと言って、「ごめんなぁ」と簡単に言うのはやめておこう、と。「11時には帰れるけどどうや?」というように、常に「どうしたらいいか」までは考えようと心がけてます。家族、仕事、花火、どれも僕にとって欠かせないものですから。

<人生の転機>
=第1回(1998年)ロケット花火大会=
もともとは海の家の仲間と、ロケット花火1〜2万本を毎年上げていた西川さん。26歳のとき、もっと友達を増やすために、何かみんなが「面白い」と思えることをやろう、と考え、10万本のロケット花火を上げることを思いついたのだとか。いろんな課題を解決するため、それまでは夏にしか会わなかった仲間10人くらいに声をかけ、春先から毎週打ち合わせをしたのだそう。それが毎年のこととなり、今では20万本を打ち上げ、1万人以上の観客を動員するイベントとなりました。

(プロフィールは省略してあります)

[Work] | comment(0)
    
Name:

E-mail:

URL:

Comment:

 
Copyright (c) 2006-2010, yumcom.net. All rights reserved.